● リハビリテーション

【リハビリテーションとは】

 リハビリと言う言葉は一般社会でもよく用いられるようになってきましたが、残念ながら、その真の意味については十分に理解されていないようです。 本来、リハビリテーションは、単に機能回復訓練や社会復帰のみを指すものではなく、障害を持ったために、人間らしく生きることを妨げられた人が、再び、人間らしく生きる権利を回復すること。すなわち「全人間的復権」にあると言えます。

 具体的なリハビリの内容としては、単に麻痺の改善など障害の回復を行うだけではありません。残された健常部分の能力を更に向上させる訓練や、adlと呼ばれる日常の実生活面での歩行、食事、更衣動作、更には仕事に必要な様々な作業動作の訓練を行います。
 また様々な補助具(杖や装具など)を利用することで、人に頼らず自立してできることを増やしたり、或いは,家庭の生活環境や、職場の作業環境を改造することで動きやすくし、職場や家庭での社会的役割を再獲得させます。

【介護・介助の心得】

 こうした場合、単に介助(手助け)をすると言うのではなく、いかに自立度を高めるかと言うことを念頭に置いて対応する必要があります。そして、その場合、「介護・介助」と「指導・訓練」を対比させて考えないことです。
 介助(ケア)と言っても何から何までしてあげるのではなく。また訓練だからと言って全て一人でさせるものではありません。
 患者は当初は色々な動作ができません。また、そうした努力をする前に、既に自分には無理だと思い込んでいる場合も少なくありません。
 しかし、その様な態度に対して最初から自立を強要するのは望ましいことではありません。
 当初は全介助に近い状態からスタートし、その過程の中で患者本人が経験を通して、自分の出来ることや自分の能力に自覚や自信を付けるようにして行きます。そうすれば患者自身も、それに反応して、より積極的になって行くものです。
 この様に、自立を目指す介助は、全介助より手間や時間を必要とします。最初は手が掛かりますが、自立をめざす介助の効果は目に見えて向上して行きます。「手を出すな、しかし、目は離すな。」と言うことに注意してリハビリに取り組みます。


【廃用症候群について】

 過度の安静による不活発状態は、原因疾患の有無にかかわらず、廃用症候群、低運動性疾患、運動不足病などと言った病的な状態を招きます。 「廃用」すなわち、使わないと言うことは肉体にも精神にも、あらゆる面で様々な悪影響を及ぼします。これらを総称して「廃用症候群」と呼びます。 その主な症状は、それぞれ無関係の様な、きわめて多種類の症状ですが、基本的には「安静」と言う共通点で結ばれていて、一部の症状が顕著である場合でも、必ず他の症状が同時に平行して進行していると考える必要があります。
 特に、老人や運動障害のある場合には、特に安静の影響を受けやすく、例えば、この様な人が、風邪で寝込んだり、転倒による障害で、数日間、安静に寝込んだだけで、次々に廃用症候群の症状で悪循環を繰り返し、寝たきり状態に陥ってしまうと言うことも決して少なくありません。
 次に廃用症候群のおもな症状をご紹介(説明)します。

 筋萎縮

 筋肉は使って鍛えれば強く太くなり(用性肥大)、使わないと弱く短くなると言うのは一般常識になっています。しかし、安静によって筋肉が委縮すること(廃用委縮)がいかに重いものであるかと言うことは意外に知られていません。
 例えば、臥床安静一週間で筋力の20%が失われ、その後も一週間ごとにほぼ20%ずつ低下します。これは筋力を使う最大の運動を毎日行っても、一週間の筋力の増強が10%前後であることを考えると、きわめて重要です。
 このようにして低下した筋力や耐久性を訓練によって回復させるには、普通安静期間の3倍前後の期間が必要であり、年齢も大きく関連して、若い人は回復も早く、老人になるほど遅くなります。場合によっては、完全な回復が望めないことも少なくありません。
 更に運動麻痺の場合、麻痺した筋肉におこるだけではなく、全体的な活動量の低下によって、麻痺の無い健常な筋肉にも廃用委縮がおこります。 しかし、実際は運動障害が生じた場合、健常な方の手足は障害部分をかばって、健康な時以上に動くことが要求されます。
 例えば、脳卒中で片麻痺をおこした場合、健常な側の手は杖をつくための力が必要になり、足は患側の足をかばって動く力が要求されます。

 廃用性骨委縮(骨粗鬆症)

 骨の代謝が正しく維持されるには、骨本来の役割である、体重を支えたり、筋肉の力を受けて他に伝えるといった機械的な刺激が必要です。
 これらの刺激が乏しくなると、骨がもろくなる現象(骨粗鬆症)がおこってきます。
 例えば、脳卒中の片麻痺では、麻痺側の骨には著しい骨粗鬆症が見られます。しかも、運動量が低下するため筋肉の場合と同様に健側の骨も委縮しやすくなります。
 骨粗鬆症は、転倒などによっておこる骨折の原因になり、また痛みの原因になったり、骨のカルシウム分が溶け出して、尿中のカルシウム排泄が増え、尿路結石の原因にもなることがあります。

 関節拘縮

 関節を動かさないでいると、関節が固まって動きにくくなり、曲がったままになったり、逆に伸びたまま、曲がらなくなることがあります。
 この関節の動く範囲(関節可動域)の制限は、関節自体の変化(強直)ではなく、関節周囲の結合組織(筋肉の内外の結合組織、皮下組織、皮膚)の短縮によっておきる拘縮であることが殆どです。
 結合組織は、正常時には絶えず外から力が加えられ、引っ張られて伸びたり、自分の力で縮んだを繰り返して、弾力性や柔軟性を保っています。
 ところが、縮んで外からまったく引っ張られない状態が長く続くと、結合組織の弾力性が失われ、かなり強い力で引っ張っても伸びなくなってしまいます。
 例えば脳卒中で麻痺があれば、必然的に関節拘縮になるのではなく、自分では動かせなくても、他人が動かしてくれさえすれば、結合組織は弾力性を失わなくてすみ、拘縮を予防できるわけです。
 逆に、ある程度動かせても、その運動が十分でなければ、拘縮がおこることもあるわけです。
 早期から関節可動域訓練を行った場合は、殆どの例で予防でき、放置した場合とでは大きな差が生じます。

 褥瘡(床ずれ)

 褥瘡(床ずれ)の最大の発生原因は、皮膚に対して持続的に圧迫が加わることです。そのため、おこりやすい場所は、最も圧力のかかりやすい部位に一致します。
 注意したいのは、圧迫力は垂直方向だけでなく、体位変換や移動時の皮膚面と水平にかかる引きずりの力(剪断力)も同様に関与することです。 褥瘡を作りやすいその他の原因としては、麻痺、感覚障害、汗や尿による皮膚の汚染と湿潤、皮膚の感染症、打撲、裂傷、皮下組織の減少や筋肉の委縮による骨の突出、心不全、糖尿病、全身性動脈硬化症などの合併によって末梢循環障害を生じやすい状態、貧血や低蛋白血症などの栄養不良状態などがあります。
 尚、シーツや衣服のシワ、固い縫い目、ボタン、バックルなどの圧迫も原因になります。

 起立性低血圧

 急に立ち上がった時に、めまいや立ちくらみをおこすことがあります。これは医学的には起立性低血圧(立ったことによって血圧が急に下がった状態)と呼ばれ、一種の脳貧血で脳に行く血液が急に少なくなったためにおこるものです。
 寝ている時は、血圧は普通に保たれていますが、立ち上がると血液は腹部や足の方に行ってしまい、頭の方に行く血液が不足して血圧が下がり、脳貧血の状態になるものです。
 これは姿勢の変化に対応する血圧調整の異常(起立性調節障害)によります。通常は、立つと同時に自律神経の働きで、下肢や下腹部の血管を収縮させて、血液が下方に向かいにくくし、脳には血液が十分流れるように血圧調整機構が働いているのです。
 しかし、長期間寝たままの安静状態を保ち、座ることもしないでいると、この血圧調整機構が鈍くなり、立ち上がってとしても急には対応できず、その結果、起立性低血圧をおこします。
 老人の場合、一ヶ月以上、臥床安静状態を続けると、起立性低血圧が必ずおこると言われています。
 起立性低血圧を防ぐ対策として、立つことができない場合でも、なるべく早期から、座位をとらせる必要性があります。

 精神的合併症

 身体的活動の制限と共に、入院などによって自由が束縛され、社会生活が正常に営まれなくなり、積極性を失い、抑うつ的になったり、依存的、攻撃的、逃避的な態度を示すという人格の変化や行動の障害が現れることがあります。また、食欲不振、拒絶、言語能力の低下などとして表れることもあるので注意します。或いは、痴呆と誤認される(仮性痴呆)危険もあります。
 例えば、脳卒中の場合は急激な発症による変化も大きいため、精神的反応が極めておこりやすくなります。
 また初期の記憶障害による記憶の不確実さや、一ヶ月以上も続く軽い意識障害のため、精神的混乱は更に悪化しやすくなります。

 括約筋障害(便秘・用便失禁)

 自分でトイレに行くことができないか,もしくは許可されていない状態。また必要な時に、差し込み便器や尿器が与えられないでいると、痴呆でない人でも失禁状態になってしまう可能性があります。
 更に、活動性が低下した状態が続くと、食欲不振と共に、腸管の運動が低下して便秘しやすくなります。
 便の固まりが腸に停滞すると液体成分のみが通過するようになり、大便失禁となったり、便の固まりが尿道を圧迫して尿閉を生じ、尿失禁の原因になることがあります。
 失禁は心理的な荒廃と相まって廃用症候群の強める極めて大きい因子となります。


【病院でのリハビリテーション】

 リハビリテーションの効果を最大限に上げるには、リハビリを専門とする病院や施設でのサービスが不可欠です。そしてリハビリテーションプログラムを進めて行くにあたり大切なことは、「障害の予後」の診断です。 これは、いつの時点までに、その障害はどの程度まで回復するかを見極めることです。脳卒中後の片麻痺患者を例にすると、脳の破壊された部分と、その程度。それぞれの時点での麻痺の状態。不自由さの程度。可能な動作などを判断することで、障害がいつまでに、どの程度まで回復するか。ということが、かなりはっきりしてきます。
 すなわち、訓練を行えば行うほど良くなると言うものでもなく、また、どの程度よくなるかは、実際にリハビリをやってみないとわからないと言うような不確なものでもないわけです。

 次に、障害の程度や、麻痺の回復の見込み(麻痺の予後)が、同じ程度の場合でも、患者が男か女か。或いは、主婦であるか勤めているかによっても実際に行う訓練内容(プログラム)も違ってきます。
 主婦の場合は、家事に必要な動作が大事であり、勤めている人は通勤や仕事内容に応じた動作が重要になるわけです。

 また、病院から家に帰るとしても、平屋であるか二階屋であるか。それとも二階以上の建物に住んでいるかによっても、リハビリテーションのプログラムはかなり異なってきます。

 リハビリテーションとは、最初に麻痺が回復するように訓練し、その後で実生活での問題を考えるのではなくて、最初からリハビリテーションの目的である「より良く人間らしく生きる生活」を念頭において、実際の障害と、その回復の予後を正確に把握し、長期的な方針を立て、その上で、実際に今なにを行うべきかというプログラムを組みます。
 患者本人や家族も、どこまで自立度が回復するかという予後を認識して、その上で将来、何が問題になるだろうか? と言うことを早めに考える必要があります。そうした事を念頭において、リハビリテーション担当者(担当医・理学療法士)などと相談されることをおすすめします。


【家庭でのリハビリテーション】

 リハビリテーションを行っている病院が居住地の近くにあるメリットは、週末などは自宅に外泊して、病院で修得したことを実生活で確認できたり、自宅での生活の問題点も早く発見できたりします。
 また、外泊することで、長期不在による家庭内での患者の存在喪失感を防ぐこともできます。
 場合によっては、外泊の時などにリハビリテーションスタッフが家庭訪問し、家屋改造の指導を行うこともできるでしょうし、更に、通院が可能な状態になれば、早期に退院して家庭生活、社会生活に復帰した上で、外来でリハビリを続けることもできます。また、職場復帰に関しても、リハビリテーション施設から職場が近ければ、会社側とのコンタクトも取りやすい利点もあります。

 リハビリテーション施設(病院)から居住地が遠い場合は、退院した後,頻繁に外来リハビリテーションができないために、回復の限界点を確認してから退院することになりがちで、どうしても入院期間が長くなり、患者の貴重な時間も失われ、週末の外泊や家屋改造の指導も実際にはできないため、社会復帰が遅くなったり、困難になったりする可能性もあるので注意が必要です。
 次に集中的なリハビリテーションが終了し、職場復帰などが達成されても、例えば、脳卒中後の片麻痺の患者の場合などは、片麻痺が進行するわけではありませんが、拘縮が進行したりすることがあったり、使用している杖や装具が不適切になっていたり、いつの間にか、リハビリで訓練した動作が、自己流になっていたりしますから、定期的にチェックを受けるため受診することが必要です。

 その他、風邪や転倒などで安静をとったために、廃用症候群が加わったりして状態が変化した場合など、2〜3週間ほど集中的に外来リハビリテーションを行って元のレベルに戻す事も大切です。
 リハビリで訓練した日常生活動作(ADL)を確認して、病院でできていた動作(食事、更衣、トイレなど)が、実際に自宅ではどうかを知ることが大切です。
 例えば、病院の床では歩行ができても、自宅のカーペットの上では、うまく歩行ができないなど、病院では気づかなかった問題点が、家庭という環境で初めて明らかになることも少なくありません。
 逆に病院ではできなかったことが、家庭ではかえってよくできるという場合もあります。
 自宅での日常生活の実態を明らかにすることによって、病院で行うリハビリテーションプログラムを見直す場合もあります。自宅の環境を知れば、より適切な対応もできるわけです。

 寝たきりに等しい患者が自宅に帰る場合、介助する側は1.5人分必要だと言われます。常に介助できる人が1人と、それを補助する人、例えば、夜間などだけ可能な人。これを0.5人と計算するわけです。
 一人の介助者だけでは、その人の生活は全て患者によって制限され、1〜2時間の外出さえ困難になり、肉体的にも精神的にも休むひまが無く、ストレスが溜ってしまいます。
 こうした問題は、結果として患者本人に影響を及ぼしますから、寝たきり状態の患者が自宅に居る場合は、介助態勢について十分考えておく必要があります。

 介助者の人材については、ホームヘルパーやボランティアなどの社会的人材の利用や、介助者自身の負担を軽くする工夫が必要です。例えば、布団よりベットの方が起き上がりをさせやすいなど、環境を変えて、いろいろな道具を効果的に利用することが必要です。
 尚、自宅療養が不可能な場合などは、各種施設に入所することが考えられます。体裁を気にして、老人ホームなどを嫌がる場合がありますが、内容も充実し、高水準の介護が受けられる施設も数多くありますから、良く検討してみることも大切です。


【基本的リハビリテーション技術の実際】

 正しい姿勢と体位変換について

 正しい姿勢と体位変換が大切なのは、褥瘡(床ずれ)や関節拘縮の予防に密接な関係があるからです。一度、褥瘡ができると治りにくいので、とにかく頻繁に姿勢を変えて局所への圧迫を防ぐことを心掛けます。

 関節拘縮は、関節を動かさないことによっておこりますから、関節を動かすこと(関節可動域訓練)が有効です。更に、正しい姿勢を取って正しい関節の位置を保持することも非常に大切です。

 体位変換は、2〜3時間ごとに背臥位、半側臥位、側臥位(片麻痺の場合は患側が上)などを取り混ぜて行います。
 この際、麻痺側の肩関節と股関節には特に気をつけて扱う必要があります。
 体位変換時は、体を引きずったり、シーツのしわなどで皮膚がすれないように注意して下さい。
 浮腫(むくみ)がおこると、その部分の拘縮は著しく進みます。特に腕部の麻痺は浮腫がおこりやすいため、心臓より高い位置に保持し、浮腫を防ぐような処置をします。

 関節可動域訓練について

 意識障害や麻痺などにより、患者自身が関節を動かすことができない場合、関節拘縮を防ぐため、早期に他動的関節可動域訓練を開始しする必要があります。
 正しい方法で行う他動的関節可動域訓練は、患者にとっては殆ど負担になりませんから、疾患の急性期においても救命できるという見通しさえ立てば、拘縮がおこる危険性が高い部位から重点的に開始し、その後、様子を見ながら徐々に全身に広げていくのが原則です。また、脳卒中では、拘縮がおこりやすい足関節から始めるのがよいでしょう。

 痛みのある場合は無理におこなわない。

 「痛いぐらいやらなければ効果が無い」と思い込んでいる方もありますが、これは大きな誤りです。痛みは危険信号で、逆効果になりますから、痛みのおこる一歩手前でやめます。痛みがある時は、ホッとパックなどで温めてから行うと効果的です。

 ゆっくり気長におこなう。

 拘縮予防には、結合組織を十分に引き伸ばすことが必要で、急いで行っても殆ど効果はありません。
 特に関節可動域(関節の動かせる範囲)の限界域では、ゆっくり力を加えて行くことが重要です。
 普通、一日に1〜2回、一動作を5〜10秒くらいかけて10回程度、各関節の運動方向に対して繰り返します。

 関節の近位部はしっかり固定する。

 各関節の近位部(胴体に近い方)は、しっかり固定し、健常部側から行い安心させる。
 訓練開始時は、患者は内容に不安や恐れを感じることもあるので、健常部側から行い、患者を安心させるように努めます。

 特に肩関節に注意する。

 肩関節は浅い関節で、訓練は注意しないと関節損傷をおこしやすく、肩手症候群の誘因となるので、正常可動域の半分程度にとどめ、筋緊張の回復・亢進と共に、徐々に動きの範囲を広げて行くようにします。

 誤用症状について。

 適切でない運動(自動的・他動的にも)のためにおこる二次的合併症のことを言います。運動の仕方が悪いか、運動量が過度なために、外傷やストレスが加わっておこります。特に関節部に多く見られます。
> 脳卒中後の片麻痺の約半数で麻痺側の肩に痛みを訴えます。その原因は不明ですが、介助者が乱暴に扱うまでもなく、上肢の重さだけでも十分に肩関節を痛めます。そのため、体位変換や衣服の着脱時にも肩関節にストレスを与えないように気をつける必要があります。

 関節可動域訓練を痛みが出るほどまでに、強制的運動を行うと、初期には局所の発赤、腫れ、疼痛をおこし、その後徐々に骨化が進行し、X線写真に骨が写るようにもなります。これを異所性骨化と言います。
 そして、やがて関節が動きにくくなり、体表面からも触れるほどになることがあるので、関節可動域訓練は、ゆっくり時間をかけて、抵抗に注意しながら、痛みをおこさないように行う必要があります。
 異所性骨化は、一度おこると根治的な治療法はありません。骨化がおさまるには数ヶ月以上を要することが多いため注意が必要です。
 異所骨によって関節可動域の制限が、日常生活に影響を及ぼす場合は、外科的摘出術を行うこともあります。
 尚、実際の他動的関節可動域訓練の方法については、一般向け解説のため、ここでは省略します。

 座位耐性訓練

 座位耐性訓練とは、背中を椅子などにもたれて、上半身をほぼ垂直に近い状態においても疲れず、長時間保てる(即ち起立性低血圧をおこさない)ことを、主な目的とするものです。
 脊椎損傷や、脊椎手術後の座位姿勢が骨格構造に悪影響を及ぼす危険性がある場合以外、患者には極めて負担の少ないもので、危険性はありません。
 実際の方法としては、発作時に意識障害が軽く、バイタルサイン(生命徴候)が安定していれば、2〜3日目から始めます。
 その場合、ギャッチベッドやバックレストを利用し、45度の傾斜で5分位から始めます。
 それより重症で、中等度以上の意識障害がある場合は、30度で5分位から慎重にゆっくり行って行きます。どちらの場合でも、毎日、角度を10度位づつ増やして行くことと、時間も5分から10分ほど増やすことを、交互に行っていきます。順調に行けば、10日ほで80度、30分という段階に達することができます。

 その後は、座位の時間を増やし、3食の前後に各1時間は、もたれて座っていられる状態から、一日の大半を座ってすごす様に訓練していきます。 この間に、背もたれと両側に肘かけのある椅子に座らせる、座位耐性訓練もおこないます。
 但し,注意することは、ベット上での座位よりも、椅子座位の方が、起立性低血圧をおこしやすいので注意が必要です。
 血圧の低下、脈拍の変化、顔色の変化、下肢のうっ血などをチェックすることが大切です。
 起立性低血圧の症状がみられた場合、座位耐性訓練を中止するのではなく、角度や時間を減らし、症状が落ち着いたら、再び角度や時間を増やして行くようにします。

 座位バランス訓練

 座位耐性訓練の場合と異なり、背中でもたれずに、自分の力で座り、しかもバランスよく倒れない状態に保つということは、体幹(胴体)の筋肉の能動的な働きが必要になります。
 最初は、背もたれ椅子で座れるようになった状態で、時々背中を離して自力でその姿勢を保てるように訓練を始めます。
 安定性も良くなり、時間も長く保てるようになれば、足が床につくようなベットの縁などで、健常な方の手で、手すりにつかまって座るようにします。 これらが、静的座位バランス訓練です。

 静的座位バランスが安定したら、体のバランスを崩し、それを元に戻す訓練を行います。これは座位におけるバランス反応の強化で、同時に体幹筋のコントロールの訓練、筋力の回復・増強訓練でもあります。
 最初は、患者自身がバランスを崩すことから始め、次第に介助者によってバランスを崩し、態勢を元に戻す訓練を進めていきます。
 これが、動的座位バランス訓練です。

 ベット上動作訓練

 座位バランス訓練と平行して、ベット上での動作訓練が行われますが、座位バランスより先に、ベット上動作の方が改善される場合も少なくありません。
 ベット上動作訓練の目的は、体幹と健常側の上下肢の筋肉の委縮予防と筋力強化で、低下した全身体力の回復にも有効です。それと広い意味での日常生活動作となることです。
 寝返りができ、横向きになれることができれば、ベット周辺に手を伸ばす範囲も広がり、褥瘡(床ずれ)予防の面でも非常に効果的です。
 また、お尻を上げる(腰を上げる)ブリッジ動作ができるようになれば、排泄時の便器の差し込みやなども楽になります。
> 最初は、半介助で開始し、疲労度などの状態をみながら、介助量を減らして行きます。
 尚、この訓練は、多少の血圧の上昇を伴いますが、臥位であるため、休み休み行えば、肉体への負担は軽くなります。しかし、訓練の前後には血圧、脈拍のチェックは行います。
 特に、ブリッジや横方向への移動は、訓練を開始した直後には、息をつめて服圧を強めて行いがちなので注意が必要です。

 立位訓練

 椅子座位での耐久性が、普通30分以上を目安として可能になれば、立位訓練、歩行訓練へと進めていきます。
 廃用症候群を防ぐためには、立位・歩行訓練の早期開始が重要で、特に老人や重い障害がある人ほど、廃用症候群が早くおこって、立位までできなくなる危険性も多くなります。
 立位訓練は、平行棒や手すりなどにつかまって立位姿勢を保つ事から始めます。
 立位姿勢が安定するようになれば、手放し立位姿勢保持訓練や、つかまっての立位バランス訓練、そしてその後、手放しでの立位バランス訓練へと進めて行きます。
 尚、片麻痺の場合、安定した立位をとるために短下肢装具や長下肢装具を使用して訓練を行います。

 立ち上がり訓練

 平行棒や手すりにつかまっての立位保持ができるようになれば、椅子や車椅子などからの立ち上がり訓練を行います。
 最初は、椅子の高さを高くして立ち上がりやすくして、次第に高さを低くして回数や頻度を増加させれば、かなり改善した患者にも有効な訓練方法となります。
 即ち、立つ上がり台の高さ、つかまりの有無、立ち上がり時の姿勢、回数、頻度などを調整することで、様々な程度の患者に対して利用できる有効な訓練となります。 但し,立ち上がりのスピードを早くすると、心臓への負担も大きいので、必ず、ゆっくり立ち上がり、ゆっくり座る動作で訓練を行う事が大切です。

 歩行訓練

 平行棒や手すりにつかまっての立位保持が可能になれば、平行棒内歩行を始めます。更に平行棒内歩行が安定すれば、杖歩行訓練へと進みます。
 しかし、病院などリハビリ訓練の限られた時間内だけでは、明らかに訓練不足で廃用症候群の進行も十分に予防できるとは言えません。
 そのため、リハビリの訓練時間以外に病棟での自己訓練も必要です。病棟での歩行に関する自己訓練としては、立ち上がり訓練と病棟廊下での歩行訓練を数多く行うことです。
 特に、歩行可能距離が短いときや、全身の耐久性が低下している場合は、一回の運動量を少なくせざるをえないため、病棟での少量頻回訓練が不可欠です。

 平行棒内歩行

 平行棒内歩行は、三動作歩行、又は,体重を支える点が健常な手を含めて常に二点ある状態で行います。
 健手→患足→健足の三動作で歩行します。始めは患足の振り出しに時間がかかります。また患足での体重支持が十分できないため、最後の時間が短くなり、「いち、にい(長く)、さん(短く)」と言う変則三拍子となりますが、訓練で次第に正しい三拍子に近づいて行きます。
 それに伴い、始めは健足が患足より前に出ない「後ろ型」から、やがて同じところまでくる「揃い型」になって行きます。

 杖歩行

 平行棒と杖との根本的な違いは、平行棒は引っ張っても、横方向に力を加えても安定しているのに対して、杖は上から下へ押して支える以外は役立ちません。
 横方向への安定性はロフストランド杖(肘で支える杖)や、4脚杖の方がT字杖に比べれば格段に優れてはいますが、これも上方に引っ張るとまったく無力です。従って、杖歩行の準備として、平行棒内歩行で、平行棒を握らず、手のひらで棒を押さえるだけで歩行できるようになる必要があります。
 杖歩行訓練の最初は、転倒防止ベルトを患者の腰に付けて、介助者が患者の患側に立って転倒しないように気をつけて行います。これは平行棒内歩行も同じです。

 杖歩行も平行棒内歩行と同じく、最初は三動作歩行(常時二点支持歩行)から始め、健常な方の足で立った時の片足立ちバランスが良くなるにしたがって、二動作歩行(二点一点歩行)に移って行き、健常な足が患側の足より前に出るか否かの「後ろ型」→「揃い型」→「前型」と言う点でも進歩して行きます。
 二動作歩行は、三動作歩行の第一段階と第二段階とが一緒になったもので、「杖→健→患」すなわち、杖と患足を一緒に出し、次に健足を出すと言う順になります。

 杖の長さは患者の上肢と下肢の長さで決まります。目安としては靴をはいた状態で大転子の位置。或いは、杖の先を15cmほど外側前方に置いて、肘を30度屈曲位(内角15度)にした時に、手先がくる高さに調節します。
 杖歩行は、まず平らな所でj距離やスピードよりも、安定性に重点を置いて訓練し、安定性が向上し転倒の危険性がなくなった頃に、耐久性(休まず歩ける距離)やスピードに重点を移して行きます。
 平地歩行が十分できるようになれば、斜面(上りより下りの方がバランスが取りにくい)や、階段(手すりをもたず杖での昇降)、溝またぎ、敷居越え、公共交通機関の利用を想定した応用歩行の訓練を行います。また一部の状態の良い患者では、できれば杖無しでの歩行訓練にもって行います。

 階段昇降

 平地歩行よりは難しいですが、安定した手すりを用いての歩行ということで、杖歩行よりはやさしい面があります。
 階段昇降の初めは、「二足一段」で上りは健常側の足から上がり、下りは患足側の足から踏み出します。
 つまり、階段を上がる時は、健手を手すり上部にすすめ、健足を一段上に上げて、健側の手と足で体を引き上げ、健足に患足を揃えます。
 降りる時は、健手を下方にすすめ、今度は患足から一段下へ出し,健側の 手と足で体を支えつつ体を下げ、健足を患足に揃えます。これが「二足一段」の階段昇降です。

 日常生活動作(ADL)訓練

 「日常生活動作」(Activities of Daily Living)ADLとは、一人の人間が自立して生活するために行う基本的な、しかも毎日繰り返えされる食事、更衣、排泄動作など一連の身体的動作で、通常は身の回りの動作を意味しています。
 交通機関の利用や、家事動作などの応用動作は「生活関連動作」(Activities Parallel to Daily Living)APDLと言われます。
 日常生活の動作は、身体機能だけではなく、失行、失認、痴呆、意欲の低下、失語症や麻痺性行為障害によるコミュニケーション障害などの影響を大きく受けます。

 患者の身体機能や精神的機能を最大限に活かして、身の回りの動作ができるように指導するのがADL訓練です。  ADLの基本的な考えは、患者が自宅に帰った後の生活を、如何に自分自身で行えるようにするか。そして介助が必要な場合でも、その介助を必要最小限にして、介助者の負担も軽くすることが念頭におかれます。
 そのため、自宅で患者に対する介助法の考えと方と、ADL訓練の考え方は基本的には一致します。

 基本的なADL項目と内容
      (詳しい訓練方法は省略します。)

起居移動動作
 寝返り、起き上がり、背臥位でのベットや椅子からの立ち上がり動作

移乗動作
 車椅子を基本として、ベット、椅子、便器などとの間の移乗動作

車椅子による移動
 健常な手でハンドルを回し、健足を床につけて、こいで移動する動作

身の回り動作
 食事動作(摂食動作)、排泄動作、整容動作、更衣動作、入浴動作、書字動作、家事・炊飯、その他の家事動作

社会復帰に必要な動作 など。




【構音障害と失語症について】

 構音障害とは、言葉を話す筋肉、例えば口の中の舌や唇、或いは、喉の奥の筋肉などが麻痺して、言葉を正しく発音することができなくなることを言います。
 「ろれつがまわらなくなる」と言うのは、この状態を指すことが多いと言ってよいでしょう。いわば発音するための機能が傷害されるわけですから、言葉に対する理解力などは、平常に保たれています。

 失語症と言うのは、より高度なレベルでの障害で、言葉を理解したり、自分の気持ちを言葉で表現したりする、高度な働きをする大脳半球にある言語野と呼ばれる領域が、損傷された結果おこります。
 失語症になると、話ことも聞くことも、書くことも読むことも、できなくなることさえあります。
 言葉は人間のコミュニケーションの手段として重要なものですから、日常生活にも支障をきたすことになります。
 失語症には、脳損傷の部位や範囲、原因となった疾患、病気になる前の言語機能や言語習慣などの違いにより、いろいろな症状があり、いくつかに分類されています。

基本的な失語症の種類

 ブローカ失語(運動性失語)

 聞いて理解することは相当できますが、自分の気持ちを表現することが、非常にたどたどしいと言う状態です。途切れがちに、ひとつひとつの単語を考えて、やっと簡単な文章を組み立る話し方です。

 ウェルニッケ失語(感覚性失語)

 ブローカ失語とは逆に、聞いて理解することや、読んで理解することが主としておかされます。
 この場合、理解の面に障害があらわれるばかりでなく、自分勝手に間違った言葉や発音を多弁に話すので、聞いている側では、何を言おうとしているのか、よくわからない状態となります。

 全失語

 話すことも、聞いて理解することも、両方ともおかされた状態です。極少数の単語を話すことができる場合もありますが、一言も話せない場合もあります。全失語になると、言語機能の回復は殆ど望めません。

 健忘失語(単純失語)

 ものを言おうとすると、その名前が思い出せなかったり、極日常的な物の名前を忘れたり、特に日頃あまり使わない言葉などは、なかなか思い出せなくて困ると言った状態です。
 しかし、健忘失語の場合は、なんらかのコミュニケーションは、比較的保たれていることが多く、予後も良好です。
 この他にも、数は少ないですが、伝導失語、超皮質性失語、純粋失語、純粋失書、失読・失書など、言葉に関係した障害がたくさんあります。また、構音障害と失語症の中間に、発語失行症と言うものもあります。


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